アオシマ 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT フォレストグリーンマイカ

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(1)

今回は、青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT を紹介。

 先日。知人から「遠方からのお客のクルマのエンジンが掛からないので見て欲しい。」 という連絡があった。

 クルマとは、BG型レガシィ ツーリングワゴンGT で、状況を聞くと、原因がなんとなく掴めたので、手持ちの部品のストックを漁って、急ぎ ビストロ スポーツ を知人宅に走らせた。

 知人宅の軒先に佇んでいた 平成7年式 の フォレストグリーンマイカ の BG型 レガシィ ツーリングワゴン は 宇都宮ナンバー で、とても 19年落ち のクルマとは思えないほどボディは美しい艶を保っていた。

 宇都宮・・・反則である。「九州に行ったら帰れなくなった。」なんて向こうで言いふらされては九州の スバリスト はたまったものではない。

 オーナーは知人のクルマを借りて仕事に出かけていた。一通り診断した後、幸い思い描いていた通りの原因だと分かり、部品を交換し、イグニションを捻ると、EJ20 は少し長めのクランキングの後、何事もなかったかのように静かにアイドリングを始めた。

 何度経験しても ホッとする一瞬である。

 エンジンルームの劣化が進みやすいラバー類や電装品、こまごまとしたショートパーツまで、実に細やかにメンテナンスが行き届いていることは、見た瞬間にすぐに分かる。

 チェックのために、その レガシィ のステアリングを握って驚いたのは、その美しくメンテナンスの行き届いた BG型 レガシィ ツーリングワゴンGT の オドメーター に、あと少しで 370,000q に届くという数字が刻まれていたことだった。

 擦れてテカテカと光るステアリングと、おそらく煩雑に乗り降りするために擦り切れて、社外品に交換されたであろうドライバーズシートも、すでにサイドサポートの部分がほつれていた。

 私は、この レガシィ の オーナー が、この レガシィ に注いでいる 暖かい愛情 を感じて、そういう レガシィ に出逢えたこと、そして、そのオーナーと レガシィ のために、少しばかり役に立てた自分が、心から誇らしかった。

 チェックを終えて、今回交換した部品は、手持ちの分だから手間賃だけもらえればいいこと、そして、長く乗るのなら今回交換した部品は、早めに行きつけのディーラーで新品に交換した方がいいことを知人に伝えて、私はその場を去った。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(2)

あの幸せな レガシィ は、ご主人様を乗せて、今回も 無事に 家族の待つ 宇都宮 に帰り着いただろうか、とぼんやり考えていた数日後の週末、オーナーから連絡があった。

 型通りの挨拶をいくつか交わした後、私は 「どうして、あなたは今も このクルマ に乗り続けているんですか?」と、こういう幸せな クルマ に出会う度、いつもその クルマ の オーナー に対して口にする言葉を今回も投げた。

 「う〜ん」 と、苦笑まじりに彼は唸り、次の言葉を発するまでに少し間を置いた。

 そして、「使い慣れた 「道具」 なんですよ。」と、ささやかなプライドを込めたしっかりとした口調で、彼は私の問いに答えた。「職人が使い慣れた 「道具」 を新しいものに替えることってよっぽどの理由がない限りないじゃないですか?多分、 「恐い」 っていう感じじゃないかと思うんですが。このクルマ なら、雨が降っても雪が降っても、どこへでも出掛けられるし、帰ってこれなかったことがないんです。長い距離を走っても疲れないし、人を乗せることもできれば、ある程度の荷物を積むこともできる。それに壊れない。」

 彼にとって3台目の愛車である、この レガシィ を、彼は初めての新車として購入して以来、ずっと乗り続けている。

 一念発起して脱サラし、会社を立ち上げて、日本中をこのレガシィで飛び回ってきたという。苦しい時期も、降っても晴れても、遠方の顧客の許までこの レガシィ で足を運び、その 「信頼」 をコツコツと積み上げてきた、ずっと苦楽を共にしてきた 「家族」 だという。

 結婚はしていて、子供もいた。その 「食い扶持」 を稼ぐために、彼とともにこの レガシィ は必死になって働いてきたのだ。そして、その家族とともに、たくさんの思い出も、この レガシィ で作ってきた。「だから、もうこの レガシィ は自分の体の一部みたいなもので、なんとなく 「踏ん切りがつかない」 というか、いつもタイミングを逃してしまうというか・・・。」と少し照れくさそうに、嬉しそうに話す。

 だから、6か月点検は欠かしたことがないという。5,000km 毎のエンジンオイル交換、その他のオイル類、ショートパーツの点検・交換は、どんなに忙しくても必ず行きつけのディーラーで行ってきた。この レガシィ を預けているディーラーのサービス には、有能なサービスマンがいるに違いない。むやみに余計な部品を替えていない。とにかく 「そつがない」 整備だ。

 人は 「大切なもの」 には、必要性が理解できれば、きちんと 「お金」 を払えるものなのである。

 「でも、」とさらに嬉しそうに彼は言葉を続けた。「実は今度 レヴォーグ に乗り換えるんです。」

 実は私はこういう言葉にかなり困る。だから私の許には 12台 もの スバルたち が居つくようになってしまったのだから。だからといって ----- 「その時」 になれば、私にはこんな クルマ を 「見殺し」 にすることなどできないことも自分で分かり切っている。

 「じゃあ、もうすぐ レガシィ ともお別れですね。」 私は押しつぶすような声をやっと喉の奥から絞り出した。

 電話の向こうでかすかに 「フフフッ」 と微笑む声が聞こえたような気がした。

 「いいえ」

 私はもう完全に混乱していた。発するべき言葉が見つからずに沈黙する私に彼は続けた。

 「息子は スバリスト なんです。地元の スバルディーラー で サービス をやってます。息子に このレガシィ を譲ることは、子供の頃からの 「約束」 だったんです。そのために、家族の全員一致で、狭い庭をつぶして、レガシィ のための車庫を、今作ってます。」

 やられた!山田く〜ん!こいつに 座布団 120枚 あげとくれ!ざまあみろ!座るのも大変だぞ!

 涙が後から後から頬を伝って流れていく。声も出せない。そんな私の状況を彼も分かっていたはずだ。幸せな、幸せな奴である。モノはここまで人の心を動かすことができるのだ。

 その後のやりとりは覚えていない。だが、電話を切った私に、家内が 「またお金もらえなかったんでしょ?」 と文句を言った。私は肩をすくめて 「ま、いいさ。また一生懸命働くから。」 と答えた。

 人は 一番好きなこと を仕事にしてはならない。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(3)青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(4)
青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(5)青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(6)

という訳で、今回の BG5 レガシィ ツーリングワゴンGT は フォレストグリーンマイカ である。厳しい冬の暖かいひだまりで、あの フォレストグリーンマイカ は、その 「家族」 からから注がれる惜しみない愛情と重なって、とても美しく、気高く、幸せそうに輝いていた。

 カラーデータ を参照しておくと、フジミ 1/24 レガシィB4 RSK で使った タミヤカラースプレー TS-40 メタリックブラック をベースに薄く2コート、同じく タミヤカラースプレー TS(限定) フォレストグリーンメタリック を薄く2コート、次に、クレオス Mr.カラースプレー 101 スモークグレー を3コート重ねているのだが、これは現在 廃番となっているので、タミヤカラースプレー TS-71 スモーク が代わりになるだろう。そして クレオス スーパークリヤー UVカット で仕上げている。

 この レガシィ は私に最高のクオリティを要求した。生意気な奴だ。オーナーとその家族から受けている愛情を考えれば、そこまで 「気高い」 のも当然かもしれない。各コートの後には、エッジが丸まらないように綿密な研ぎ出しを行って、塗装面の平滑さにはとことんこだわっている。

 そしてもちろん、この レガシィ は、もう私の手許にはない。あの レガシィ が19年間 守り続けている 宇都宮ナンバー に取り替えて、かのオーナーの許へ旅立った。

 そのオーナーから連絡があった。レガシィ が届いたという。今度は彼が感極まる番である。ざまあみろ。

 彼は声を詰まらせながら 「あなたは本当に スバル が好きなんですね。」と言った。「私は本当に スバル が好きなんですよ。」 と答えた。でもそれは正しくない。私は、私自身が関わった スバル という 「モノ」 を通して見る人々が、そしてそこに生まれる 「喜怒哀楽」 のドラマが、たまらなく好きなのだ。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(7)

モデルについて。

 私はこれまで この 青島文化教材社の レガシィツーリングワゴン を作ったことがなかった。無論、バリエーションである GT Bスペック と併せて、ストックはしているが、実車の登場したのが 1993年10月、そして 青島文化教材社 からこのキットが発売されたのが 1994年 だというから、その頃私は本物の BC5 レガシィRS と 「格闘」 している 「真っただ中」 だった訳で、プラスティックキット を作るなんて暇は全くなかった。

 まあ今回、こういう 「成り行き」 で、このキットと向き合うことができたことも、きっとなにかの 「縁」 だったのだろう。

 私にとって、青島文化教材社 とは、グループ5 の スカイラインシルエット で終わっていて、モーターライズ で作りやすい割に、作り応えがあまりない、そういうメーカーだと決め付けていたのだった。だから、件の サンバー トラック TC スーパーチャージャー が登場した時には、失礼ながら、心底驚いたのだが、この レガシィ ツーリングワゴンGT をリアルタイムで作っていたとしたら、青島文化教材社 にとって、あの サンバー の仕上がりは 「当然」 と思えたはずだ。

 とにかく、フルディティールキットの 「命」 である、リアリティの追求、パーツ構成、パーツの合いなども含めた作りやすさなど、どれを取っても 「傑作」 と呼ぶに相応しい、素晴らしい仕上がりだ。

 賭けてもいい。私はオリンピックでメディアが煽り立てる 「日本、金メダル何個!」 などという 「ナショナリズム」 くらい下らないものはないと思っているのだが、レガシィ も、そしてこういうキットも、世界中でも絶対 日本 にしか作れない。それは心から 「誇らしい」 ことである。

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あえて 「ケチ」 をつけるとすれば、ホイールがオリジナルでは 15インチ で、1/24スケール に換算すれば、16mm 弱 のホイール径 になるはずだが、キットのホイールは実測で 18o で、これは 17インチ以上 のホイール径ということになる。

 ただ、これも精密なスケールダウンモデルでは 「痛し痒し」 といったところで、先述の フジミ 1/24 レガシィB4 RSK のオーナーから、「フジミ の B4 は ホイール が小さい」という指摘を私も頂いたし、Web上 にもそういう指摘がある。

 しかし、実は フジミ のレガシィB4 の各部取り合い寸法は、ルーフが低いことを除けば、私自身が把握している限り、ほぼ実車の忠実なスケールダウンである。だから、同じ取り合い寸法でも、実車で見るのとスケールモデルにして見るのとでは、視覚的に印象が全く違って見えてしまうということなのである。

 スケールモデルの場合、ボディに対して、ホイールというのは相対的に、視覚的に弱く見えてしまうということなのかも知れない。写真ではレンズ効果で画像の中央がやや強調されてしまうから、画像では余計ホイールが大きく見えるのだが、実際には実車と比べてそれほど違和感がないことを念のため記述しておきたい。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(9)

シャシーも久々に BD/BG型レガシィ のものを見たが興味深い。

 BC/BF型 から BD/BG型レガシィ への大きな変更点といえば、Bピラー直後のフロア を50o 延長することによる後席居住性の改善と、ターボモデル ではシングルタービン から、シーケンシャルツインターボ へ、といったことがすぐ思い浮かぶ。

 これは ハセガワ 1/24 レガシィRS と、フジミ 1/24 レガシィB4 RSK のシャシーと、どこがどう違うのか、ぜひ見比べて頂きたいのだが、主な構成はほぼ BC/BF型レガシィ からのキャリーオーバーで、フロントのアンダーカバー追加などのアップデートが加えられたものであることが良く分かる。

 その始まりから、富士重工業 が、持っている技術を磨き込んで熟成させるクルマ造りにこだわってきたことが、私は現在、世界のユーザーからの スバル への厚い信頼に繋がっていると思っている。「ポッと出し」 で消えていくものではなく、信じる 「道」 に従って、コツコツと地道に努力を積み重ねること -----。技術は一朝一夕で完成するものではない。常に自らを高めていく努力を怠ってはいけない。

 私は仕事柄多くのクルマに乗るが、「ここが新しくなりました!」 といわれて乗ってみると、取り立てて騒ぐほどのことはないと思えたり、むしろ「前の方がよかったんじゃないの?」と突っ込みたくなるような 「変更」 も、他のメーカーの場合、少なくない。

 「新発売!」と言わなければ、ユーザーは振り向いてくれない、という強迫観念に憑りつかれているのではないかと思えるくらいだ。

 メディア や 評論家 も、そういう 「新発売」 をこぞって激賞する。だが、「買われるだけ」 しか 食い扶持 の稼ぎようがない連中のいうことなど、せいぜい眉に唾を付けて 「はいはい。」 と聞き流すくらいしか 「価値」 はない。彼らは 「真実」 を伝えない。伝えれば 「スポンサー」 に 「利用価値」 がないと思われるだろう。

 そもそも 「真実」 なんて、待っていれば誰かが与えてくれるものではない。多くの情報に触れ、咀嚼して、その中から自分が受け入れ、信じることができる事柄こそ 「真実」 と呼べるのである。

 だから、私は 富士重工業 というメーカーを信じることができるのだ。

 自動車雑誌の発行部数は年々減り続けている。当然のことだ。いちいち書店に出向かなくても携帯端末やパソコンで、いつでもどこでも欲しい情報が手に入り、しかも誰もが 「発信できる」 時代なのだから。だから 「彼ら」 の 「食い扶持」 は減る一方だ。ますます メディア や 評論家 は 「買われる」 しか 「価値」はなくなっていく。

 評論家という、他人の 「上がり」 を 「掠め取る」 だけの商売に、何か存在意義はあるのだろうか?私の疑問はますます深まるばかりである。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(10)

室内の再現性も素晴らしいの一言だ。

 特に、リヤラゲッジルームのトリムまで、巻き取り式トノカバーと併せて忠実に再現していることには驚いてしまう。

 しかも、ドアトリムを別部品とすることで、パワーウィンドウスイッチ、ドアグリップなどのドアトリム自体の造形もシャープに見事に再現されているし、シートセンターとドアトリムの生地は、デカールでそのパターンまでもが再現できるようになっている。そのままではちょっとコントラストが強すぎるので、多少トーンを塗装を重ねて落としている。

 この生地には方向があるので注意。

 そして、ドライバーズシート、パッセンジャーシート下のプラスティックカバーのリクライニングレバーまで再現していることは驚嘆以外の何物でもない。

 もっと早くこのキットに触れていたら・・・と心から口惜しく思う。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(11)

インストルメントパネルの造形も秀逸である。

 センターパネル、シフトレバー、センターコンソールあたりの 「作り込み」 は、おそらくモデラーなら作り込み甲斐のある、素晴らしい仕上がりとなっている。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(12)

こうやって Cピラー 手前で画像を切ってしまうと、ツーリングスポーツ とまったく区別は付かない。

 「ツーリングスポーツって何?」という人もいるかもしれない。ツーリングスポーツ とは、BD型レガシィ 4ドアセダン 登場当初の呼称で、絶対的なブランドに成長した ツーリングワゴン に対して、同じ内容なのに 鳴かず飛ばず だった セダンを、当時の 富士重工業 はどうにか浮上させたかったのだろう。

 そのためには、「セダン」 という名前から離れよう、という判断があったのかも知れない。また、BD/BG型レガシィ からは、六連星 (むつらぼし)のオーナメントがなくなっている。当時の 富士重工業 が、従来の 「堅くて一本槍」的なイメージから脱却したがっていたことが良く分かる。

 残念ながら、それは許しません。

 このアップでも塗装の 「アラ」 はほとんど見えないから、手をかけた甲斐はあったなぁとしみじみと感じる。そういえば フォレストグリーンマイカ は、ツーリングスポーツRS には設定がなかったから、結構自分でもこのカットは新鮮に感じた。

 ちなみに、私の スバル モストフェイバリット である スバルff-1 のフロントグリルをモチーフにした フロントグリル は、ただの メッキ ではなくグレーメッキ となっているので、この色合いを出すのにはちょっと手間が掛かった。現在の スバルたち にも継承されている、大切なディティールだけに、この仕上がりに私は本当に満足している。

 余談だが、この フォレストグリーンマイカ を採用した スバル のこの時代の代表的な車種には、あの ヴィヴィオ ビストロ がある。今見ても新鮮な愛らしい形で、私も日頃の足として気に入っているし、現在でも整備する機会が多い根強いファンを持つクルマだ。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(13)

リヤもその再現性には、ただただ舌を巻くばかりである。

この BG型レガシィツーリングワゴン の特徴である、リヤゲートウィンドウ と ガーニッシュ を連続させた部分は、クリアーパーツによる一体成型となっているので、しっかりとマスキングをして、ガーニッシュと四隅のモール、ウィンドウブラックアウト部との境界をクッキリさせることがポイントである。

 上部のハイマウントストップランプも別部品。ハセガワ の メタルフィニッシュ を裏から貼付した上で、裏面はブラックアウト、表面をクリアーレッドで仕上げている。

 リヤゲートガーニッシュのレッド部分の裏は、サイドの造形との兼ね合いで、ボディの成形がないので、そのままだと室内からこのリヤゲートガーニッシュのレッド部分が見えてしまう。だから、裏に メタルフィニッシュ を貼付して、リヤゲートガーニッシュの輝度を確保した上で、その裏面をトリムカラーで仕上げている。

 フルディティールキットだからこそ、送り出してくれた 職人 たちと 真剣に対峙する 価値 と こだわり甲斐 があるというものだ。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(14)

パッケージは、GT Bスペック、その他のドレスアップバージョンも含めたバリエーションで結構たくさんある。再発売の頻度も活発で入手しやすいので、BG型 レガシィツーリングワゴンGT を、手許に置いておきたいという スバリスト は、ぜひ手にして欲しいと思う。

 ツーリングスポーツや 1996年6月 の ビッグマイナーチェンジ以降のツーリングセダン、あるいは GT-B への改修というプランもなかなか魅力的だ。

 モノ は人の心を動かすことができる。

 今回、私は、この レガシィツーリングワゴンGT と出逢い、激しく心の琴線を震わせられた。そして、私はこの レガシィツーリングワゴンGT のボディを、オーナーがあの レガシィ にかけてきたであろう愛情を想いながら、丹念にすみからすみまで磨き上げながら、私自身がかのオーナーに伝えたい 「想い」 を指先に込めた。

 私の 「想い」 は、あのオーナーに届いただろうか。いやそんなことはどうでもいい。私は私自身の 「想い」 を形にすることができたのだ。それで満足だ。

 6月、私は BC5 レガシィRS を 宇都宮 まで走らせることにしている。彼とその家族に逢うために。彼の新しい 「家族」 に逢うために。そして何より、あの 「幸せな」 レガシィ と再び逢うために。

青島文化教材社 1/24 スバル レガシィ ツーリングワゴンGT(15)

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